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2007年12月28日

食べどきの判断がつきません。

ずっと状態が変わらないので。。

もんじゃ焼き(もんじゃやき)は、東京の下町と埼玉県東部、群馬県東部と栃木県南部で見られる料理。もともとは、主に間食(おやつ)として供された。小麦粉を溶かす水の量がお好み焼きに比べてはるかに多く、タネ(汁のこと)にソースなどの調味料を一緒に混ぜ込んでしまうのが特徴である。タネの水分が多い分、食感は鉄板に接する外部はパリッとしているが、中はトロッとしている。

一般的な呼び方はもんじゃと略されることが多く、また、埼玉県川口市から東京都荒川区くらいまでと、千葉県浦安市近辺の一部地域では、昔からぼったらという呼称で親しまれている。

なお、香川県にも『もんじゃ焼き』と呼ばれる料理があるが、これについても「讃岐のもんじゃ焼き」で後述する。

歴史
明治時代には記述があったと伝えられるが、起源は不明である。1819年刊『北斎漫画』に、「文字焼き屋」の挿絵があり、この時代既に江戸にもんじゃ焼きに類するものがあったことが分かっている。焼くときにタネで文字を書いて遊んだことから「文字焼き」と呼ばれ、それが「もんじゃ焼き」となったとの説が有力である。東京では、東京都台東区浅草近辺が発祥地という説が根強いが、群馬県側では、発祥地は群馬であり、特産品のうどんを作った際の余りのうどん粉を水で溶いて焼いたのが起源だと主張している。いずれにしても、広く認知されるまでは、東武伊勢崎線沿線のみにあった料理であった。東京都でも、江東区・台東区・北区周辺では多く食べられているが、大田区・杉並区などでは専門店の数が激減する。一般的に東京山の手地区では、繁華街の飲食店などでもんじゃ焼きの店は確認できるものの、近年オープンした日の浅いもので、同じ東京都内でも伝統的にこれらの地域への浸透は低い。

埼玉県でも同様で、久喜市にはもんじゃ焼きはあるが、行田市(行田にはフライなど、独特の料理が存在する)にはない。東京発か群馬発か起源は不明確だが、いずれにしても東武伊勢崎線を通して伝わったものと考えられる。

東京地方と群馬地方のものは若干内容が異なる。群馬ではキャベツは小麦粉を溶いたタネの中に具をすべて混ぜて焼き、具で土手は作らない。また、具の量も非常に少なく、そもそも土手にできるほどは入っていない。ただし、専用のヘラは、東京も群馬も同じものを使用する。味付けは、タネの中に直接、ソースまたは醤油を入れる。伊勢崎市では、隠し味(ただし通常「隠し味」とされる分量よりだいぶ多め)としてイチゴシロップを入れ甘辛くすることが多い。


月島もんじゃ通り。もんじゃ焼き店が多いことで知られている。東京界隈では、下町地区にもんじゃ焼きを供する店舗がいくつも存在し、上記のように発祥地の一つの説にもなっている浅草界隈や中央区の月島界隈に特に顕著であり、特に月島は「もんじゃ焼きの街」として地域の名物として人々に認知され、もんじゃ焼きの振興会も存在する。ただ、もんじゃ焼きの店舗でも、もんじゃ焼きのみを供するのではなく、多くは兄弟分の食べ物でもあるお好み焼きも供している店が一般的である。 月島において「もんじゃストリート」として有名な西仲通り商店街には、もんじゃ店が75店ほどあるが、実は歴史のある店は数店で、ほとんどの店がもんじゃブームに乗った他業態からの乗り換え組である。そして、それらの店は住民向けというよりも、むしろ観光客向けの商売をしている。

なお、もんじゃ焼きに馴染みのない地域や外国人には、その見た目からか「もんじゃ焼きは関東人が食べる、貧しく気持ち悪いゲテモノ」といった印象を持つ人も少なくない。
(以上、ウィキペディアより引用)

実際あんまり美味しくないです。。

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